生成AIは、まだ「当たり前」になっていない ― それでも社会の前提は、静かに変わり始めている ―
知っている。でも、使いこなしてはいない
生成AIという言葉が日常に溶け込み、「生成AIブーム」と呼ばれる状況が続いています。ツールやサービスは次々に登場し、テンプレートや活用事例も数多く目にするようになりました。しかし現場を見渡すと、話題ほどには仕事の中に定着していないと感じている人も多いのではないでしょうか。
AIは知っている。聞いたこともある。試したことがある人も少なくありません。それでも、「日常業務の前提になっているか」と問われると、首をかしげてしまう。そんな状態が、今の正直な姿なのかもしれません。
この光景は、インターネットが一般に広がり始めた頃とよく似ています。検索エンジンにキーワードを入力するだけで膨大な情報が得られるにもかかわらず、当時はインターネットをうまく使えない人が少なくありませんでした。操作が難しかったわけではありません。ただ、何を調べればよいのか、どう仕事に役立つのかが想像できなかったのです。
結果として、使う人と使わない人の差は、徐々に広がっていきました。
生成AIでも、同じ現象が起きています。具体例を示しても、興味を持たなければ触らない。必要に迫られなければ、使い続けない。便利であることと、当たり前に使われることの間には、思っている以上に大きな距離があります。

技術は、ある日「前提」になる
ただし、この状況がこのまま続くとは考えにくいでしょう。新しい技術は、いつも一定の時間をかけて、静かに「前提」へと変わっていきます。
スマートフォンがそうでした。登場当初は一部の人のものだったスマートフォンも、10年ほど経過した頃には、持っていない人を探すほうが難しい存在になりました。地図を見る。調べものをする。連絡を取る。いまや、そうした行為はスマートフォンがあることを前提に設計されています。
生成AIも、同じ道をたどる可能性があります。使うかどうかを意識する対象ではなく、使っていることすら自覚しない存在になる。メールを書く前に候補が示され、資料を作る前に構成が整い、調べる前に要点がまとめられる。そうした流れが、ごく自然なものとして業務に組み込まれていく日は、そう遠くありません。
一方で、海外ではすでにその先の現実も見え始めています。巨大IT企業を中心に、AIの活用が進んだ結果として、エンジニアが解雇される、いわゆる「AI失業」と呼ばれる事例が現実のものとして報じられています。コードを書く、仕様通りに実装するといった業務はAIが担えるようになり、その役割を中心に担っていた人材が余剰になった、という構図です。
これは遠い未来の話ではありません。すでに起きている変化です。

日本では、変化は静かに積み重なっていく
日本では、こうした変化を強く実感する場面は、まだ多くありません。雇用慣行や人材の流動性、慎重な導入姿勢などが影響し、海外のような急激な動きは起きにくいからです。しかし、それは「起きない」という意味ではありません。
日本では、より緩やかに、気づかれにくい形で変化が進んでいくと考えたほうが自然でしょう。急な大量解雇ではなく、採用が減る。若手に任される仕事の内容が変わる。求められる役割が、静かに書き換えられていく。そうした変化が、時間をかけて積み重なっていきます。
生成AIの普及は、仕事を奪うかどうかという単純な二択では語れません。使われない時期が続いたあと、ある時点で一気に前提になる。その過程で、仕事の内容や人材の価値は、確実に変わっていきます。
海外で起きているAI失業は、その最終形の一部が、先に見えている状態に過ぎないのかもしれません。日本ではまだ実感が薄いからこそ、変化は見えにくく、準備もしにくい。しかし、スマートフォンやインターネットがそうであったように、振り返ったときに「あの頃が分岐点だった」と気づく日は、静かに近づいているように思えます。

最後に ~ 想像できなかった未来は、気づかないうちに日常になる ~
新しい技術が登場したとき、人は必ずしもすぐにその価値を理解できるわけではありません。
かつて、先輩が「これからはiPhoneの時代や」と熱心に語っていたとき、私は正直、その未来を想像できずにいました。「パソコンがあるのに、わざわざ持ち歩いてまで使うのだろうか」。そんな感覚が、心のどこかにありました。
結果的に、スマートフォンの先駆けでもあったiPhoneを手にするのは周囲より早かったものの、最初からその価値を実感できたわけではありませんでした。それでも今では、通勤電車で当たり前のように画面を眺め、待ち時間があれば自然と手に取り、気づけば「それがないと時間を持て余す」自分がいます。
気づけば、技術が生活を変えたというより、待ち時間や移動時間の過ごし方そのものが変わっていました。
そして、生成AIもきっと同じなのだと思います。
2024年は、生成AIが「試すもの」から「実用に耐えるもの」へと変わった年でした。続く2025年には、その進化が一気に加速し、性能や活用範囲においても爆発的な広がりを見せています。
その流れの先にある2026年は、生成AIが特別な存在ではなく、業務の中に自然に溶け込み、使っていることすら意識しない「普及・浸透」が進む年になるのではないでしょうか。
あの頃想像できなかった変化は、いつの間にか、私たちの日常の前提になっているのかもしれません。
余談ですが、時間の経過によって立ち位置が変わるのは、新しい技術だけではありません。テレビや新聞などのオールドメディアが、いつの間にか「オールド」と呼ばれるようになったこと自体に、時代の変化を感じる人もいるのではないでしょうか。

株式会社エクセレントケアシステム 執行役員 / 情報システム部 部長(CTO)
システム開発や技術戦略の立案を担うCTOとして、2024年より現職。25年以上のエンジニア経験に加え、ITコンサルタントとして公共・医療・製造・介護分野の業務改善プロジェクトに多数携わる。 また、過去にはソフトウェア企業の取締役として事業推進を担い、経営視点を踏まえたシステム導入やDX推進に強みを持つ。現場と経営の両面から、持続可能な技術基盤の構築に取り組んでいる。